生徒の活動量が多い授業 = よい授業 を考察

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第一回雪かき終了… でも降り続く…

 

ネットでは,英語の先生のいろいろなつぶやきがあふれ,メーリングリストでもたくさんの実践報告がなされます。

 

それぞれの先生が,自分の指導観をもって,めざしたい方向性を共有できる仲間や師とともに活動をしていることが分かります。

 

昨夜目にしたのは・・・

 

「生徒の活動量が本当に多い授業」

 

ということばでした。

 

発言の流れからして,活動量が多い授業=いい授業,という展開だったわけですが,これは常に「真」なのだろうか,と考えてしまいました。

 

 考えたいポイントはいくつかあると思うのですが,

 

①生徒が行っているのはどんな活動か

 

②「聞く」ことも立派な活動ではないのか

 

を取り上げてみたいなと思います。

 

 

 ①生徒が行っているのはどんな活動か

 

文字ベースのレポートからは,残念ながら詳細が見えてきません。また,たとえ1時間の授業を観察したとしても,見えないことはいっぱいありますね。だからこそ,誰かの授業を参観して,それがよいのか,改善が必要なのかを論じることなんて,本当におこがましく,難しいことではあるのですが,少なくとも本時で子どもたちが行っている活動が,いったいどんな活動なのか,を観察して見えてくることはあります。

 

 

トレーニングのための活動 > 自分で考えながら取り組む活動

 

トレーニングのための活動 < 自分で考えながら取り組む活動

 

トレーニングのための活動 = 自分で考えながら取り組む活動

 

 

目の前の生徒の実態,担当する学年・・・いろいろな要素が絡みますし,授業の進行中に,子どもの反応を見ながら臨機応変にさじ加減をすることも多々あります。しかし,観察する授業の中には,

 

トレーニングのための活動   自分で考えながら取り組む活動 

 

というものも少なくないと思うのです。

 

もちろん,先生のアシストなしには難しいのはよく分かりますが,対話のための準備が,いわゆる百マス計算や,かけざん九九のようなもので大丈夫なのでしょうか。

 

バットの素振り   守備練習   走塁練習 

 

連携プレー練習   紅白戦形式の練習   練習試合 

 

というような野球部の活動になってしまうのではないでしょうか。

 

この後でやってくる公式戦では,果たして勝利できるでしょうか。

 

 

中学生であっても,自分の考えや気持ちを,自分でひねりだして発信してみる,相手の言っていることをなんとか理解する,分からなければ,こちらから問いかけて分かるようになっていく -

 

 

そんな活動が必要ではないかと思うのですが・・・

 

 

②「聞く」ことも立派な活動ではないのか

 

先生だけが英語をたくさん使っている授業,という表現もなされていましたが,確かにこれでは問題でしょう。

 

ただ,動的に生徒が英語を使っている,という意味で,活動量が多い授業,を評している気がしますが,活動する前に,どれだけ十分,モデルとなる英語を聴き,触れているのか,が気になります。

 

 

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

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英語教師のための第二言語習得論入門

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白井先生も言われていますが(実際に御講演を拝聴しても言われていました),できるかぎり大量のインプット→適量のアウトプット,が肝要ではないでしょうか。

 

インプットを十分与えてから,の活動かどうかを吟味する必要があると思います。

 

 

このところ,challengingな感じで投稿をしているな・・・と思います。

 

40代,ぶれずに進むぞー!と決めたので・・・

 

争って,というつもりは全くありませんで,いい意味でcriticalに,議論をしていきたい,と思っています。

 

みなさん,語りましょう!