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英語教育自主研究会

今日は地元で行っている自主研究会の月例会がありました。

 

2年前に教育実習で担当した学生が高校の英語教師デビューをし、県北、県南の高校で教壇に立っています。

 

その二人の授業ビデオの中で、インタラクションを行っている部分を中心に視聴しながら参加者でディスカッションをしました。

 

タイプの違う2人、使っている教科書は違い、題材も違ってはいますが、それぞれが、教科書をただ学び始めるのではなく、その入り口で、題材と生徒たちをつなぐために、インタラクションを行い、生徒のスキーマを活性化させようとしていました。

 

高校の授業改善がなかなか進まない、という話も聞かれる中で、初年度から果敢に英語を使った授業を展開し、インタラクションを行っている姿に、ベテランである自分も胸を打たれました。

 

互いをリスペクトしながらも、お互いにないものを学び合い、そしてライバルとして磨きあっている二人がとても清々しく見えました。

 

いいですねー!

 

 

話題になったのが・・・

 

・授業の構想をしている時に、教え子の顔を思い浮かべながらトピックを考えられているか

 

・教師がまずは自己開示をしているか

 

・生徒の発話を受けて、それに対して何を返しているか

 

・教師の教室内での位置、振る舞いはどうか

 

 

ということでした。

 

教科書の内容と生徒をつなごう・・・と思っていても、知らず知らずのうちに、自分はこう教えたい、と教師サイドの思惑がいっぱいになっていないか、考え直してみよう、という話になりました。

 

また、生徒に自分のことを語らせたい、と思う前に、教師自身が自分のことを開いて、語っているか、も、大事だ、という話も出ました。

 

さらには、生徒が呟いた時、それをどう受け止め、何を返すか、も大事だという意見が出ました。

 

日本語で反応をしたら・・・インプットを理解しているサイン、アウトプットへの橋渡しをしてみよう・・・例えば・・・途中までの発話例を示して待ってみる、それでもダメならこう言いたかったのかな、と例を示してみる・・・

 

対話が続くようにリアクションをし、追加発問をしてみる、ようなアイデアも出されました。

 

教室内で教師がどこにいるのか、にも注目が集まりました。

 

教壇のところから動かない、ということから解放されて、対話をしている生徒の近くへ行く、ということも考えてみよう、という話にもなりました。

 

 

ただ闇雲にインタラクションをすれば良い、のではなくて、インタラクションが言語習得の面でもプラスに働くことや、生徒を引きつけながら、インプットを与え、アウトプットの機会も与えることなどを知っておくことも大事だ、ということも考えました。

 

 

6人、という少人数ではありましたが、深く語り合い、学び合えて本当にいい時間になりました。

 

 

また一緒に語って、学んでいきましょうね!

 

 

ありがとう、みんな!