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少しずつ穏やかに・・・

若いころ,いつもとんがっていて,自己中心的な生き方をしてきたこと,今でもよく覚えています。

 

教師になっても,主任や管理職にもしょっちゅう呼びだされて叱られていましたし,同僚ともよくぶつかっていました。

 

生徒を思う,と言いながらも,結局は自分が教えたいように教えていたように思います。

 

今から消しゴムで全部消してしまいたいくらい・・・のことばかりですが,そのときのことがあるからこそ,今,大いに反省し,間接的に,になりますが,今向き合っている全てのひと・もの・こと・・・なんて大げさかもしれませんが,誠意をもって接していきたい,そう思っています。

 

どんなに忙しくても,一人一人を大切にしたい・・・

 

その人の名前を呼んで,向き合って・・・

 

つい最近,ある団体の運営委員を辞めました。

 

自分の委員としての存在の意味を見出せなくなったからです。

 

といっても,委員になってそんなに時間が経ったわけではないので,何を偉そうに・・・と思われてしまうかもしれません。

 

でも,鎹として団体を束ねる立場の人から,名前を呼ばれることは一度もなかったのです・・・

 

さびしいですね・・・

 

同じような志をもったメンバーが集う場だから,思いを共有できるだろうな,という思いがあったわけですが・・・自分はピュアすぎるのでしょうかね・・・

 

まっすぐすぎる自分だな,という自覚はありますが,この年になって,自分が主張したいことをちゃんと伝えることも大事だ,と思いました。

 

短い間だったかもしれません。まともな貢献もできないまま身を引くことになります。

関係のみなさま,本当にお世話になりました。

 

 

 

悔しい気持ちは尽きませんが,若いころの自分を思い出し,自分はもう相手にそんな思いをさせないぞ・・・と思って,反面教師にしようと思います。

 

 

昨日,担任の先生方が保護者の方との個人懇談をしている中で,主任として待機をしていました。

 

ある保護者の方から,

 

「T先生,T先生の学年,いいですね。」

「子どもたち,保護者の側に立って考えてくれていることが伝わってきます。」

「学年保護者会,嬉しくなります。」

「控えめな我が子に,廊下で声をかけてくれているって,家に帰ってきて,私みたいな子も,ちゃんと気にしてくれているんだ,って嬉しそうに話してくれます。」

 

と伝えてもらいました。

 

美談のようになってしまいましたが,担任の先生一人一人が子どもたちに真摯に向き合ってくれている,そうした土台があるからこそ,学年全体が,そうしたムードになっているんだな,とチームとして自然体でそうできていることが誇りに思えました。

 

 

今日,大修館の編集,Kさんから連絡がありました。

 

「T先生,ELECで東京に来られるときに,お話しませんか?」

 

NHK基礎英語2を担当するNHK出版のKさんも,先日,

 

「阿野チーム同窓会,T先生が参加しやすいように,夏休みに入ってからの日付にしたんです。来ませんか?」

 

と声をかけてくれました。

 

 

相手の存在を意識する,相手を大切に想う・・・

 

当たり前のことですが,自分自身も,いつまでも大事に,心に留めて行動していきたいと思います。

 

とげとげしていた気持ちも,こうした人たちのおかげで,少しずつ穏やかになってきています・・・

 

 

ブログも,自然に綴るようになりましたね・・・