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12月8日 富山から来校してくれた仲間とのメールのやり取り 続いていく学び合い

富山から駆けつけてくださったYさん、こんなに真摯に授業改善に向き合う仲間と出会えたことに感謝、そして感激しています。

 

Yさん、ありがとう!!!!!

 

 

T先生

 

こんばんは。

最初に、なぜ先生の授業を見に行きたかったかということですが、自分自身が最近特に強く思うのは、やはり「いい授業がしたい・・」ということだったからです。

授業を見せていただいた率直な感想は、やはり
この方の授業をみせてもらってよかった、ということです。
(本心から言ってます!!)
生徒との豊富なインタラクション、柔らかく温かい授業作り、生徒全体を巻き込んで授業を進めていく力、というのはう~~ん、さすがです、の一言につきます。と同時に、このレベルに到達するには一体どうすればよいのか?ということをここ数日は考えています。

同じ意味で、若い先生が先生のような授業をしたいと思ったとき、一体どこからどうすればよいのでしょうか。

だからこそ、どういう3年間を過ごしてきて、生徒が今の姿になっているのだろうととても興味があります。

例えば、教室全体が発表者の言うことをよく聞いている、というのは生徒は聞きたいから聞いているわけで、生徒が興味をもって聞けるトピックの選び方や、先生のコメントの入れ方、そして即時に得られるフィードバックなどに生徒が価値をおいているからだと思います。

今回は3学年の授業でしたが、1学年の授業のときの生徒とのインタラクションは一体どんな感じなのでしょうか。彼らが1学年の時の姿を見てみたいと思いました。

 

授業の最後に3分間程度ライティングにあてていましたが、確かに生徒の力がつくだろうなと感心しました。自分達の話したことを、T先生に教えてあげるというライティングは、子供達にとってもやりがいがあり、そして継続することで効果大ですね。先生がチェックされたノートも拝見しましたが、短くても温かいコメントが生徒にはどれほど励みになるだろうかと思いました。ノート回収し、生徒のがんばりをきちんと見続けるというところ、自分自身を省みて本当に反省しました。ここも私にとっては大きな成果です。

先生がコンビニフードについて話されている部分は、ある意味生徒にとってのモデルだと思うのですが、私がよく分からなかったのは、先生が生徒にどのような対話を求められていたことか、ということです。確かに生徒はのびのびと楽しく会話していましたが、同時に生徒がこの1時間で何をどこまでできるようになったのかがよくわかりませんでした。
もちろん関係代名詞を扱っているのは生徒も私もわかっているのですが、コンビニフードをトピックとしたチャット?と思ってしまったこともあり、先生の意図を今一度お聞きしたいなと思いました。
生徒にとってチャレンジングだったことは何だったのでしょうか。


ビデオを見直して書いてみましたが、先生の授業には学ぶところが多く、あと2回は今週中に見ると思います。

いくら本を読んだり、立派な方々の話を聞いていてものぞめないことですからね。

T先生、本当にありがとうございます。そして、終始一貫してとても温かいあらゆるお心遣いに感謝し、頭の下がる思いです。

感謝をこめて。

 

 

 


Yさん


こんばんは。

遅くに無理をしたのではありませんか?

私の「スピード・・・」は自分に言い聞かせていることで、もしかするとYさんを煽ってしまったのでは、と後悔しています。

ごめんなさいね。


自分は若い頃ハチャメチャな教員で、生徒を温かに、とは程遠い授業をし、部活では上から生徒を圧迫し・・・そんな存在でした。

どうして今のように・・・となったのか、というのは、箇条書き的に整理できるものではなく、話し始めると、本当に延々とかかってしまうような気がします。

正解はひとつではなく、これまでやってきたこと、後悔したこと、反省したこと、
悩んだこと、生徒から教えられたこと、様々なことすべてが生きています。ただ、あえて言えば、


・「ことば」として英語を学ぶ授業がしたい!

 

・生徒の存在を大切にしたい、生徒のことを知りたい、だから、「ことば」を通して生徒に問いかけ、生徒に語りかけ、生徒の「ことば」から気づき、発見し、生徒の考えや気持ちを受け止め、彼らを理解していきたいだからこそ、インタラクションをする、コミュニケーションをするのだ!

 

・「ことば」はどう学ばれるのか、というプロセス、生徒はどう学ぶのか、生徒は何を学びたいのか、という学習者の目線で授業を見つめるのだ!


ということかな、と思っています。


インストラクションとしての英語は、生徒に指示を出し、生徒を動かすためのものですね。

1問1答は、何かを問いただしたり、手っ取り早く必要なことを聞き出したり、きちんとできているかを評価したりするために使うものですね。

だからこそ、対話を続ける、そのために、生徒の発話をどう受け止め、そこにどうfollow-upし、ことばを返していくのか、を大切にしています。単にインタラクションをすると言っても、うまくいかないと思います。


教師が提示する話題を彼らがスーッと受け入れるような環境づくりのために行う、教師の自己開示を含んだsmall talk、その結果醸成されるtopic sharingが大事ですね。

 

生徒の発言をどう受けるか、という部分で大切なのは、evaluativeなfollow-up(Good! / Excellent!/Good job!など)ではなく、discousal follow-upです。

 

それは、生徒の発話のコンテンツに応じて返されるものです。
具体的には、

Repetition

Reaction

Comment

Further Question

などでしょうか。

 

自分もまだまだだなあと思いますが、自分の授業を見返すために、必要な視点だ
と思います。


Yさんはこうした返しをどのくらいしていますか?


1年生の授業は10年くらい担当しておらず、なかなか返答に窮します。ただ、うちの2人の授業も、1年生でも同じベクトルで進めていますよ。反応はまだまだ稚拙ですが。でも、焦っていないので、それを受け入れ、自然にインタラクションの中で彼らの対話を継続する力を育んでいます。


指導主事の先生には怒られるかもしれませんが、自分なりには1単位時間で何が身について、何ができるようになるか、という発想があまり好きではなく、そんなこと、できるはずがない、と思っています。


生徒がブレイクスルーする瞬間はそれぞれに違うし、同時には達成できません。


私たちが目指しているのは、自分の考えや気持ち、事物の説明などを、既習事項をフル活用し、相手の存在を意識して伝える力=「発信力」です。


学期末の時点で行われる対話テストの中で、それまで積み重ねてきたことが見えてきます。新出の言語材料を定着させるためのコミュニケーション活動だったら、対話が不自然になります。


サボっているのかもしれませんが、もう少しおおらかに、本時では、対話がどの程度継続できるかな?

その際、どんな言語材料を使っているかな? 対話が止まりそうな時に、どう対処しているかな?

どんなことにつまづいているのかな、ということを形成的にモニタリングし、フィードバックしているだけです。ミクロに見すぎていないのかもしれません。

 

だからこそ、コンビニフードについてチャットし、対話を継続できることに意味
があるのです。コンテンツを伝え合うことが第一だからです。


中長期的な目的が、「それ」だからです。

 

伝え合う中で、自然に練習をしている、というように思っています。どうでしょうか?


だからこそ、先生が生徒と行うインタラクションも、「それ」に向かっています。だからこそ、あんなやりとりをしているのです。


生徒も、学期末の対話テストを意識していると思います。いや、無意識に意識している、という感じでしょうか。対話を楽しむ、相手について知る、ということにチャレンジしていると思います。普段、日本語では好きな食べ物なんて、案外話していないからです。


学びの輪、広がりますね!

 

これからの事後のやりとりも楽しみです!

 

 

おやすみなさい!!