子どもに,先生に,学校に余裕を! 社会にゆとりを!!
学校の共同研究の主任として,5月7日の事前研究会Ⅰと,今日の学校評議員会と,2回のプレゼンテーションを終えました。
これまで,教育の最前線,言ったら聞こえがいいですが,日々子どもたちとふれ合い,授業をし,学校生活を送る毎日を送っていて,末端から物事を見る,ということをしてきました。
研究主任となり,国や文科省の動向や,県・市,そして教育委員会の動きなどに注意を払うようになりました。
(といっても,歴代の研究主任の勉強振りには足許にも及びませんが・・・>_<)
(もちろん,これまで通り,授業をどうするか,子どもたちにどう寄り添うか,ミクロなこともちゃんと考えています!)
今までとは違った視点で教育や人づくりについて考えてみると・・・
社会の変化に対応できる・・・
グローバル社会に・・・
のように,社会の変化から学校,教師,授業を変えていく必要がある,と言われて,半分は納得できるものの,もう半分では,そうしたキャッチフレーズの背後にあるものをしっかりと捉え,子どもたちの成長のペースに合わせて物事を進めていかなければならないはずだ,という思いをもつようになりました。
教育再生とか,学校の危機などと言われても,実際に学校で毎日を送っている自分たちには,その実感は正直ありません。学校はそんなに変わっていませんよ!
ただ・・・以前のような牧歌的な雰囲気はどこへやら・・・
忙しさだけは尋常でないほど増しています。
学校の毎日は本当に1分1秒を争う忙しさです。
でも,そんな激務と困難な状況のもとでも,息も絶え絶え,精一杯最前線でがんばっている自分たち現場の教師(自分を除く・・・),そして,教育委員会で寝る間を削ってお仕事をされている方々の努力でなんとか現状を維持し,後退を免れていることが,伝わっているのかな・・・と首をかしげたくなることもあります。
迅速な対応が必要なことは分かります。
でも,子どもが育って行くためには,本当に長い時間がかかるのです。
成長の過程では,失敗体験も必要です。
失敗から学び,その失敗をどう克服するか,時間をかけて取り組ませることで,達成感や自己有用感などが得られるのです。
教師に対しても,同じことが言えるのではないでしょうか。
子どもたちと共に学び,経験と共に成長していく中では,先生も失敗をするのは当然です。
しかし,現在では,些細な失敗すらも許容されないような雰囲気が充満しているような気がします。
自立ができる人になるには,まずは安心して失敗ができる,周囲からのサポートがある,そうした共助,公助,のある環境づくりが必要なのではないか,と思っています。子どもにも,そして大人にも,もちろん,教師にも・・・です。
時間的な余裕から創造性は生まれ,失敗から学ぶ雰囲気の中で人は協同し,成長していくことができるのではないでしょうか。
改革の必要性は理解しつつも,それをどう具現化していくか,私たち教師がしっかりと考え,無理のない形で進めていけたら・・・と思います。
みなさん,どうぞ子どもたちに,そして教師に,そして学校に,温かい目を向けてください。
失敗しても,きっとそれを生かして成長していけると思っています。
リラックスしていこう!